この在留資格がSNSに流れるたびに、こんな声が出てくる。「リモートワークなんだから、一人でも十分では?なぜ家族帯同が必要なの?」この反応自体は理解できる。ただ、この疑問はデジタルノマドという働き方の実態を正確に把握していないところから生まれている。制度は、想定している人物像から読む必要がある。
第一章 この在留資格は何者を対象にしているのか
制度の正式名称と根拠法
正式名称は「在留資格『特定活動』(告示53号)」。2024年3月31日施行の特定活動告示改正によって設けられた。根拠法は出入国管理及び難民認定法(入管法)第7条第1項第2号。配偶者・子の帯同については「特定活動告示54号」として同時に設けられている。

入管庁が想定している人物像
入管庁の制度説明を整理すると、主として想定されているのは、外国の企業・団体との契約に基づき、その外国側の業務を日本から情報通信技術で行う人、または外国にいる相手に対して役務提供や物品販売等を行う人である。
「国際的なリモートワーカー」という言葉の意味
告示は「国際的なリモートワーカー」という表現を使っている。ここで「国際的」という形容詞が付いている点は重要だ。世界を移動しながら複数の国に滞在してリモートワークを行う——それがデジタルノマドの本質的な生活スタイルだ。国を跨いで生活拠点を移動させながら働く人々を指しており、日本国内でカフェでコーヒーを飲みながら仕事をする日本人のリモートワーカーとは、そもそも文脈が異なる。
第二章 家族帯同が認められている背景
デジタルノマドの実態——「生活ごと移動する」ライフスタイル
国土交通省観光庁が2025年5月に公表した「国際的なリモートワーカー(デジタルノマド)に関する調査報告書」は興味深いデータを示している。
「海外で仕事をする際の場所として最も多いのは『現地で賃貸したアパートなどの部屋』であり、1か月以上の滞在者ほどこの傾向が強い。また、観光庁報告書では、同行者は1人の割合が高い一方で、行先でコミュニティを求めて移動している可能性が高いとも整理されている」。出典:国土交通省観光庁「令和6年度ワーケーション普及促進事業 国際的なリモートワーカー(デジタルノマド)に関する調査報告書」(2025年5月)
つまり家族帯同の制度は、少なくとも単なる短期旅行者だけを前提としたものではない。月単位・複数ヶ月単位で生活拠点を移す人が、配偶者・子どもを本国に残したまま日本に来ることを当然視するほうが、実態から遠い。少なくとも観光庁報告書からは、1人で行動する割合が高い一方で、パートナーや子どもを伴う移動も一定数見られ、行先でコミュニティを求めて移動している可能性が高いことが読み取れる。
第三章 制度化に至るプロセス——一次ソースを辿る
民間・地方からの問題提起(2022〜2023年初)
一般社団法人新経済連盟が「コロナ後のグローバル社会における外国人材の受け入れ・活躍推進に向けた要望」の中でデジタルノマドビザプログラムを国に提案。北九州市も国家戦略特別区域会議においてリモートワークビザ(特定活動)の創設を提案しており、制度化への声は地方自治体からも上がっていた。
閣議決定——政府の公式目標として設定(2023年6月16日)
岸田内閣「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」が閣議決定。「国際的なリモートワーカーの呼び込みに向け、ビザ・在留資格など制度面も含めた課題についての把握・検討を行い、本年度内に制度化を行う」と明記された。
同時に観光庁「新時代のインバウンド拡大アクションプラン」も閣僚会議で決定。内閣官房・内閣府・デジタル庁・総務省・法務省・外務省・財務省・厚生労働省・国土交通省の横断体制が組まれ、年度内制度化が政府の公式な目標となった。
パブリックコメントの実施(2024年2月3日〜3月3日)
入管庁は「出入国管理及び難民認定法第七条第一項第二号の規定に基づき同法別表第一の五の表の下欄に掲げる活動を定める件の一部を改正する件(案)」等について、e-Govにて30日間のパブリックコメントを実施した。
告示発出・施行(2024年3月〜4月)
2024年3月29日付で入管庁が告示を発出。同年3月31日施行、4月1日よりビザ申請の受付が開始された。
第四章 新しい在留資格はどのように創設されるのか
2つのルートがある
在留資格を新設・変更するルートは大きく2つある。
ルート① 入管法本体の改正(国会審議が必要)
入管法別表に新たな資格を追加する場合、国会での法律改正が必要になる。在留資格「介護」(平成28年)、「特定技能」(平成30年)、「育成就労」(令和6年)などはこのルートで創設された。時間はかかるが、制度の安定性・永続性が高い。
ルート② 特定活動告示の改正(法務大臣の告示で足りる)——今回のルート
入管法別表第1の5「特定活動」の具体的な活動内容は、法務省告示(特定活動告示)で定める(入管法第7条第1項第2号)。国会審議を経ずとも、パブリックコメントを実施したうえで法務大臣が告示することで足りる。機動性が高く、新しい社会ニーズへの迅速な対応が可能だ。
デジタルノマド向けの在留資格は、ルート②で創設された。これが今回の制度の構造的な特徴だ。告示改正によって新設されたということは、機動的に見直し得る制度類型と理解できる。利用状況や問題の発生に応じて、比較的柔軟に内容を変更することができる。
なぜ「特定活動」の枠が使われたのか
デジタルノマドは日本国内の機関と雇用契約を結ぶわけではない。外国の企業・団体の雇用のもとで、その外国にある事業所の業務を日本からリモートで行う——これは既存の就労系資格(技術・人文知識・国際業務、経営・管理等)のどれにも当てはまらない。だからこそ、新類型の「受け皿」として機能する「特定活動」の枠が使われた。
第五章 この制度を正しく読み解くための視点
「スタバでリモート」との本質的な違い
| 比較項目 | 日本のリモートワーカー | デジタルノマド(本制度対象) |
|---|---|---|
| 雇用主 | 日本国内の機関 | 外国の機関 |
| 生活拠点 | 日本(固定) | 複数国を移動 |
| 滞在期間 | 恒常的 | 6か月以内(更新不可) |
| 家族関係 | 同じ国に定住 | 家族ごと移動する場合あり |
| 日本への経済効果 | 国内給与を国内で消費 | 外貨で得た収入が日本国内で消費される |
おわりに——制度は「想定している人物像」から読む
新しい制度が出たとき、それを正確に読み解くには「誰を対象に設計されているか」という問いを起点にする必要がある。
デジタルノマド在留資格が想定しているのは、スタバで一人でMacBookを開く人ではない。外国の雇用主との契約を持ちながら、配偶者・子どもとともに賃貸アパートを拠点に数ヶ月単位で日本に滞在し、外貨を日本で消費する——そうした滞在も制度上の受け皿に含まれている。
「リモートなのに家族帯同がいるの?」という反射的な疑問は、制度の表面だけを見ている。一次ソースに当たり、想定されている人物像と設計の論理を確認することで、初めて制度の全体像が見えてくる。
主要一次資料
出入国在留管理庁「最近の入管法改正」https://www.moj.go.jp/isa/policies/bill/kaisei_index.html
出入国在留管理庁「在留資格『特定活動』(デジタルノマド及びその配偶者・子)」https://www.moj.go.jp/isa/applications/status/designatedactivities10_00001.html
内閣官房「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」(令和5年6月16日閣議決定)https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/ap2023.pdf
e-Govパブリックコメント「特定活動告示改正案に係る意見募集」(2024年2月3日〜3月3日)
国土交通省観光庁「令和6年度ワーケーション普及促進事業 国際的なリモートワーカー(デジタルノマド)に関する調査報告書」(2025年5月)https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001891364.pdf
日本政策投資銀行「デジタルノマド誘致に係る国や地方自治体、経済団体などの動向」(2023年12月)

