「行政書士阿部隆昭の視点」TikTokのコメント欄を見ていると、今回の「永住許可等手数料値上げ案」報道に対して、「30万円でも安すぎる」「もっと取るべきだ」という反応が多い。
今回の議論では、永住許可申請の審査段階でみられる「独立して生計を営めるか」という話と、許可が出た後に納める「手数料」の話が、ひとまとめにされている可能性があるからです。
そこで、多くの方が誤解されている「在留審査の流れ」について、「永住許可」を例に考えてみましょう。
これを知ることで、何が事実なのかの切り分けが可能となり、「誤った相手に誤った打ち手を主張する」ことがなくなります。
少なくとも、この視点に基づいて発信した主張であれば、「事実」に基づいているため、議論に発展させることができる。
外国人問題・移民問題をめぐる議論でいちばん大事なのは、前提を整えることだと私行政書士阿部隆昭は考えています。
言葉の意味を統一しないままでは、怒りも賛成も、向かう先を誤ります。相手を批判しているつもりで、実は制度の中身を取り違えている。そんなことも、この領域では珍しくありません。
だからこそ、移民問題に関心が高い皆さんの主張を「空に撃たない」ためにも、まず前提を整理するのです。
永住許可の審査を図で整理

”永住許可30万円問題”を議論するうえで、前提を整えましょう。
永住許可の審査と、許可された後に発生する手数料。同じ「お金が関係する話」でも、制度上はまったく別の段階だという点です。
皆さんが、「高い」、「安すぎる」、と主張しているのは、どちらの「お金」ですか?
永住を許可するかどうかのその外国人の資産(年収)ですか、審査が許可された後に支払う手数料ですか?
在留審査の流れとしては、まず永住許可を申請し、その後に審査が行われます。
そこで見られるのが、独立して生活を営めるだけの収入や資産があるか、素行に問題がないか、といった要素です。つまり、独立生計要件は審査の中身そのものであって、許可後に納める手数料とは役割が違います。

そして、審査の結果として不許可であれば手数料は発生せず、許可された場合に初めて手数料の話になります。ここを混同すると、本来は「審査段階で何をどこまで確認すべきか」という議論であるはずのものが、単なる「いくら取るべきか」という話に入れ替わってしまいます。
今回の報道やコメント欄で起きている行き違いの一つは、まさにここにあるように思います。厳しく見るべきだという意見自体はあり得ます。しかし、その厳しさを向ける先が審査内容なのか、許可後の手数料なのかを分けて考えなければ、議論にはなりません。
だからこそ、この図ではまず、「独立生計要件=審査」「手数料=許可後」という基本の流れを整理しています。
現行法は、永住許可で何を見ているのか
出入国在留管理庁のFAQは、現行入管法上、永住許可を受けるには原則として、
①素行が善良であること
②独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること
③その者の永住が日本国の利益に合すると認められること
が必要だと明記しています。これは法令上の要件の確認です。
ここで注目すべきなのは、すでに現行法の時点で、「独立の生計」を確認する考え方が入っていること。つまり、「永住を認めるなら、ちゃんと生活基盤を見ろ」という話は、実は制度設計に含まれています。(法務省:永住許可制度の適正化Q&A)
「独立生計要件」は、審査の中身そのもの
出入国在留管理庁の「永住許可に関するガイドライン」は、「独立の生計を営むに足りる資産又は技能」とは、日常生活で公共の負担にならず、本人の資産や技能などから見て、将来にわたり安定した生活が見込まれることだと整理しています。
要するに、ここで確認しているのはなんとなくの“感覚”ではなく、生活基盤の現実です。収入、納税、公的義務の履行、生活の安定性。そうしたものを通じて、「この外国人は永住許可を与えるにふさわしいか」が審査されるわけです。
手数料は、許可時の話であって、審査の話ではない
一方で、出入国在留管理庁の「永住許可申請」案内では、手数料について「許可されるときは10,000円が必要」と明記されています。
この表現は重要です。申請した時点で払うのではなく、「許可されるとき」に必要だと整理されているからです。さらに、2025年4月1日からの手数料改定案内でも、改定前後の整理は「当該申請に係る許可又は交付」が基準になっています。ここでも焦点は申請時ではなく、許可・交付の段階です。(法務省:永住許可申請 / 法務省:在留手続等に関する手数料の改定)
この点を押さえると、議論はかなり見えやすくなります。
- 「独立して生計を営めるだけの資産や収入があるか」は、審査段階の話。
- 「許可が下りたときにいくら納めるか」は、許可時の話。
この二つは、同じ“お金”が出てくるので混同されやすいのですが、制度の中では役割がまったく違います。
だから、「30万円でも安い」という声には注意がいる
今回のコメント欄で目立つのは、まさにこの混同です。
「永住したいならもっと資産を示せ」という発想自体は、論点としては理解できます。ですが、その発想をそのまま「許可手数料をもっと上げろ」に置き換えてしまうと、議論の焦点が不明確になります。
なぜなら、資産や収入の裏付けを厳格に確認したいのであれば、本来議論すべきなのは、許可後にいくら取るかではなく、審査段階で独立生計要件をどう確認するか、どの資料をどこまで求めるか、どの程度の安定性をもって足りるとみるのか、という点だから。
ここを飛ばして「30万円は安い」とだけ言っても、それは審査を厳格にしたいのか、単に負担を重くしたいのか、意味が分からなくなります。
前提を整え、言葉の意味を統一し、議論しよう
私はこの移民問題の領域で、ずっと同じことを伝えています。
前提を整え、言葉の意味を統一し、それから議論しよう。
外国人問題・移民問題は、感情が先に立ちやすい。だからこそ、制度の中で何が「審査」で、何が「許可後の負担」で、何が「法令上の要件」なのかを丁寧に分けて考えないと、議論はすぐに空回りします。
厳しく見るべきだ、という意見があっていい。
もっと慎重に許可すべきだ、という意見があっていい。
しかし、その厳しさを向ける場所を間違えてはいけない。審査の話を手数料の話にすり替えれば、制度への批判も提案も弱くなります。逆に、審査段階で何をどう見るべきかを正面から論じるなら、そこには議論としての重みが出ます。
金額に反応する前に、制度の流れを見る。
言葉に反応する前に、その言葉が制度のどの場面を指しているのかを確かめる。
この流れがなければ、外国人問題の議論は、いつまでも同じところを回り続けます。
だから私は、議論を始めるためにも、まずは前提を整え、言葉の意味を統一しよう、と提案し続けています。
外国人問題の地平に向けて、まずそこから始めませんか?
行政書士阿部隆昭

